引用元:何を書いても構いませんので@生活板82

344: 名無しさん@おーぷん 19/12/11(水)01:14:55 ID:6J.53.L1
私の母はまったく親離れできない人だった。
父とうまく行かなくなった時、実家に逃げ帰った。
そのまま母方祖父母の家の離れで暮らした(父はそんな母を追いかけて一緒に暮らしてた)
祖父母の家は叔父が継ぐことになって、やんわりと時にはうるさく出て行けと言われていた。
家賃も払わず居座っていたからね。
何度か引っ越す話も出たが母がすべて潰した。

そして祖母が寝たきりになった。
母は隣だった事もあって毎日看病してた。
祖母が寝たきり(転んで骨折してから)になって5年くらい
過ぎた。その一年前くらいから祖母は殆ど食事を摂らなくなった。


既に結婚して家を出ていた私はある日、祖母が危篤との知らせを受けて
実家というかその隣の祖父母の家に行った。
幸い、祖母はまだ息があったがふくよかだった祖母は見る影もないくらいやせ細っていた。
臨終を看取った人なら判ると思うけど、祖母の息遣いはすでに亡くなりかけてるそれだった。
そして荒い息がしばらく続いた後、祖母は亡くなった。
祖父、叔父夫婦、私など10人近くが祖母のベッドの周りにいた。
亡くなった時も祖母は90近かったので大往生と言えた。


ただ、母だけは祖母のタヒに向き合えなかった。
骨と皮だけになった祖母の体の上にのって人工呼吸を始めた。
お母さん、死なないで、逝っちゃいや!とがむしゃらに祖母の胸を押し始めた。
みんなで止めた。
そんなに押したらおばあちゃんの骨、粉々になるから、って。
祖母はとうに覚悟を決めていたと私達みんな思っていたので母の取り乱しように驚くと共に、
私個人は改めて母と言う人は最期まで親離れできていなかった人なんだなと
少し冷めた目で見ていたと思う。


実の親の祖父母の側に居たいと言う母の我儘で私達家族は
どれだけ親戚からも邪魔者扱いされていた事か。
そうした事を全く考えず、夫や子供より最後まで親を優先した母。
その母もとうに鬼籍に入っているけど、その後も色々と迷惑蒙ったので私は
母を反面教師にして今日まで生きてきた。


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